何かになれなくても 生きる意味がある

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ミネソタは連日-20℃が続いていました。

窓の外を眺めると、風に吹かれた粉雪や、ダイヤモンドダストが、太陽の光に反射して、キラキラ舞い上がる。

ふと、映画「あん」で、樹木希林さんが発した言葉を思い出しました。

「私たちは、この世に見るために、聞くために生まれてきた。

だとすれば、何かになれなくても、私たちは生きる意味がある

先月、家族で旅行に出かけた時に機内で観た映画です。

大好きな樹木さんが出ていたので、何気なく見始めたものでした。

「どら焼き」を通して、人と人の気持ちをつないでいく。

見ていくうちに、温かい気分になったり、辛くて、やりきれない気分になったり…

淡々とストーリーが展開していくうちに、いろんな気持ちがこみ上げてきて

涙が頬を伝って、ノートにポタリ…

(私はメモ魔なので、メモ帳を持ち歩いています)

そして、先ほどのセリフを忘れないように、そのメモ帳に、何度もそのシーンを巻き戻して書き記しました。

そこまでして書き残したいと思ったのは、その時の私にとって、一番必要な言葉だったから。

安全な環境があり、毎日食事をすることができ、暖かい布団で眠ることができる。

本当にそれだけで恵まれていることです。

毎日せわしない時間が流れ、そんな恵まれた環境が当たり前のように感じ、

何かをじっくり見たり、聞いたりする、そんなことをすっかり忘れていました。

何かになろうとするから、見えなくなって、聞けなくなっていた

生きる意味を、必死になって探そうとしていました。

樹木さんの言葉を聞くと、やさしさの中に強さが秘めていて、そっと、背中を撫でてくれるような、安心させてくれる感覚になりました。

子供の表情を見て、話を聞いてあげる。

それだけで、子供の心は満たされる。

それは子育てにも通じること。

いくら素晴らしい内容の映画を作っても、いくら美しい歌声で歌を歌っても、見てくれる人、聞いてくれる人がいなければ、自己満足で終わってしまう。

このブログもそうです。

読んでくれる人がいるから、「想いを伝えるために丁寧に書いていこう」そう思える。

「相手がいて、初めて自分が生かされる」

そう考えてみると、与えることと同じくらい、いや、もしかしたらそれ以上に

感じ取る事こそが、本当に意味のある、大切なこと

だと気が付きました。

ダイアモンドダストも

「きれい」

そう感じなければ、ただの空気中に舞う氷。

美しいと感じる心がある人にだけ、ダイアモンドに変化するんだな…って。

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今朝、息子を送り出した時、ふと空を見上げると、うっすらと月の姿が。

見上げなければ、気が付かなかった景色に少し得をしたような気分になりました。

今日という日は、二度とやってこない。ちょっと深呼吸して空を見上げてみる。

昨日とは違った景色に、何か感じることがあるかもしれないな~

今日も最後まで読んで下さり、ありがとうございました。