両親の結婚記念日に

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11月2日は、両親の結婚記念日でした。

覚えている時もあれば、忘れてしまっている時もあって…

私から、特別何かをすると言う事はないのだけど

「結婚記念日おめでとう♡二人の子供に生まれて良かった。ありがとう」

と、母にメールでメッセージを送りました。

電話でこんな事、照れて言えないですから。

夫婦の数だけ、夫婦の在り方があると思うのですが

私が「家族が一番」と、今でもそう思っているのは、間違いなく両親の影響です。

父と母の間には、喧嘩も多くあった様ですが、

私が子供の頃、母は父の悪口を一切言いませんでした。

(その反動か、今では父の悪口しか出てこない…笑)

だから、幼少の頃の父の印象はすごくいいのです。

私は、いつも一緒に遊んでくれた優しい父が大好きでした。

中学時代、ソフトボールの試合の日は、家族総出でビデオ持ってグランド集合(妹もソフト部だったので)

「恥ずかしいから、やめてよー。」

なんて言っていたのですが、大きな大会の時は、垂れ幕の様なものを父が手作りして持ってきたり…。

はたまた、「家族新聞を作ろう!」と、父が言いだして、それぞれの頭文字のイニシャルをとって

「THCM(チーム)新聞」

という名の新聞を、毎月書いていました。

A3用紙を4等分にしただけの、とてもシンプルで手作り感満載なものです。

日々感じている事や、目標、な~んでもいいから書いて、それを壁に貼っていました。

なんと、その新聞6年ほど続いたと思います。

そして、家族だけのピアノ発表会。

これは、ピアノの練習のモチベーションを上げる為に父が考案したものです。

と言っても、ピアノを弾くのは私と妹の二人。

テーマの曲をそれぞれ1曲選んで、ひと月練習をして、どちらが採点が上かを競います。

その審査員が、父と母。

2人とも、ピアノなど弾いた事が無いので審査をすると言っても、どれだけ練習をしてきたか、気持ちを込めて弾いているか…など、かなりの素人目線からの審査です(笑)

勝った方は、文房具が買える程度の金一封がもらえました。

そして、発表の後は、みんなでケーキを食べる事が出来るという、小さい頃の私にとって特別な日でした。

こんな風に、なんてことない日を、スペシャルにすることが上手だった父

しっかり者で、いつも父を支えていた母

この二人が出会っていなかったら…

40年前に結婚していなかったら…

私は生まれていなかった

たった一つの歯車が違っていたら、全ての出来事が変わっていた。

人が生まれる事も、結婚をする事も、全てが「奇跡」と感じます。

反抗期で母と一切口を利かなかった時もあったし、

父とは大喧嘩した事もあったけれど

私にとって一番大切な人です。

ある方のブログでこんな事が書かれてありました。

(メモをしていたのですが、どなたのか分からず…)

親子は一旦嫌い合うからこそ、理解し合えて、やっと親孝行の道をたどる

まさに、その通りだなと思いました。

自分が親になって、はじめて、

「あの時、あんな偉そうな口をきいてしまってごめんなさい」

そんな気持ちになりました。

時代は変わっても、生まれも育ちも違う夫婦が、長年連れ添って、家族としてやっていく事は、並々ならぬ努力が必要だと思います。

母からのメールの返事には、

「ありがとう。よくもってるよ。先は分からないけれど、頑張ります」

と、書かれてありました(笑)

我慢強い母らしいな、と思いました。

子供にとって、親が元気で幸せでいてくれることが一番嬉しい事。

私たちは、まだ結婚7年。

自分たちも、そんな夫婦でありたいと思っています。

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▲伊勢神宮にて。「家政婦は見た」の様になった息子

今日も読んで下さり、ありがとうございました。