海の向こうで暮らしてみたい③~CAまでの道のり~

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前回の続きになります。

海の向こうで暮らしてみたい②~CAまでの道のり~
海の向こうで暮らしてみたい②~CAまでの道のり~
前回の続きになります。 幼少の頃から、 海外への憧れを抱きはじめ...

大学4年生になり、CAという夢を叶える為にそろそろ具体的に動き始めなくてはならない時期に入りました。

当時は、就職氷河期の真っただ中。

航空業界も厳しく、私が就職活動をしていた時は

日系エアラインのCA採用枠はゼロ…。

少しでもCAに近づきたいと思い選んだ大学ですが、OB・OGで、CAになったという前例もなく、誰に聞けばいいのかも分からない…。

当時イカロス出版から出ていた

「スチュワーデスマガジン(現・エアステージ)」を読んでいると、

私には英語のスキルもそれほど無い、

エアラインの専門学校も通っていない、

どう対策していいのか分からない、

読めば読むほど、CAとして求められているスキルの高さに、自分が全く到達していないことを思い知らされるようで、自信を無くしていました。

それでも、

やっぱり、

夢を諦めたくない!!

「私にできることは何だろう…」

そう思いながら、エアラインの募集が出るまで、一般企業の就職活動も並行しながらやっていました。

けれど、

最終面接までこぎつけても、最後は残念な結果になる…

その繰り返しでした。

(とりあえず、受けておこうかな…)

面接官の方々は、そんな私の見え透いた、建前だけの気持ちを見抜いていたのだと思います。

自業自得の結果でした。

そんな時に、日系エアラインの地上職募集が出ました。

たまたま、そこで知り合った、同じCAを目指している子と友達になり、メールをやり取りする仲になりました。

彼女は東京でエアラインスクールに通っていました。

身なりもしっかりしていて、まさに、CAらしい雰囲気があり、勉強熱心な子でした。

その彼女が、

「ちほちゃん、シンガポール航空の募集が出るよ!」

と、教えてくれたのです。

当時、シンガポール航空は、Japan Times紙で募集をかけていました。

Japan Timesを購読していなかった私は、彼女が教えてくれなかったら、そのチャンスに気が付かないままだったと思います。

その情報を教えてくれるという事は、

彼女にとって、ライバルが1人増えるという事。

それなのに、彼女は一緒に頑張ろう!という、

希望と情報を私に与えてくれたのです。

私は、そのチャンスを絶対に無駄にはできない

そんな思いと、

留学経験もない私が外資系なんて受かるはずがないだろう…

半ば、そんな諦めもありました。

母に、その思いを伝えると

母:「大丈夫だよ、絶対に受かるから!」

と、根拠もないのにそんな事を言うのです。

私:「え?どうして?だって、英語で面接だよ?!」

母:「筆記試験がないから、絶対に受かるよ!」

「面接だけなら、なんとかなるから大丈夫」と。

なんとも、嬉しいような、悲しいような、的を得ている回答。

勉強は得意じゃないけど、

自分の思いを伝える事は大丈夫だろう…

そう思っていたのでしょう。

今は筆記試験もあるのですが、その当時の採用試験は面接のみでした。

その時、私のバックには何もありませんでした。

一般企業からの内定も、教員採用試験もまだ結果が出ていません。

「背水の陣」

まさにそんな切羽詰まった状況でした。

けれど、ポジティブに考えれば

失うものは何もないという事。

目の前にある、たった一つのチャンス

それに臨む事に集中すればいい。

ここまでくると、

受かろうが、落ちようが

とにかく印象に残る事をしよう!

後悔だけはしないように、

完全燃焼して帰って来よう!

その時の私は、はっきり言って

やけくそに近い状態でした…。

面接会場は、淡く優しい色合いのスーツを身にまとう、既にCAとして働いている様な、素敵な女性がたくさんいました。

私は、実に地味な紺のリクルートスーツ

明らかに場違いで、浮いていました。

 Σ(゚口゚;

もちろん緊張はしたけれど、

「きっと、他の人達だって同じ

ここにいる人たちはライバルじゃない、

いつか一緒に働くことになる仲間」

そう思う事で、少し気持ちが楽になりました。

そう思えたのは、募集を教えてくれた友達のお蔭です。

集団面接では、面接を一緒に受けている子の話を一生懸命聞いて、相槌を打っていました。

なので、自分が何を話したのか、あまり覚えていません(笑)

長年ソフトボール部で培ってきた

「体力と根性だけは自信があります!」

そんな体育会系的発言をした事だけ覚えています。

2度の個別面接では、英語を話すことに慣れていなかったので、ゆっくりと受け答えする事を意識しました。

聞き取れなくて、

「もう一度お願いします」

と、正直に伝えました。

そして、大学時代に打ち込んだ事として、

シェイクスピア劇部で英語劇をした時の話をしました。

素晴らしい舞台を作る為に、お客様に感動してもらえるように、裏方、役者それぞれがその場で力を精一杯出し切ってきました。

この仕事も演劇と一緒で、乗務員だけではなく、地上職、航空関係者が共に連携を取って、お客様に満足して頂ける最高のサービスを提供したい。

そして、一流と言われている、御社でのサービスをこれから学んでいきたい、

そう、熱意をもって伝えました。

そして、この15分間で何か印象に残る事をしなくては…

(そうだ!ここだけは、何度も今まで英語で練習したから自信がある!)

それを思い出し、

「ここで、ロミオとジュリエットのワンシーンを披露してよろしいでしょうか?」

そんなことを口走っていました。

たとえダメだったとしても、

自分が出来る限りの熱意は伝えよう。

(なんだこの人?)

そう思われてもいいから、

やっておこう、と。

そして、あの有名な、ジュリエットがバルコニーでロミオを思うシーンを演じさせてもらえたのです。

人間、必死になると

どんな手段を使ってでも

思いを伝えようとするものです。

その甲斐あってかどうかは分かりませんが、

シンガポール航空で、幼い頃からの夢を叶える事が出来ました。

そして、同時に本拠地となる、シンガポールでの初めての海外生活が実現しました。

私にとって、生まれて初めての「内定」が

ずっとなりたかったCAの仕事

この時に初めて、やっと自分がピタッとはまる場所を見つけることができた喜びと、くじけそうになったけれど、一途な思いで夢を諦めなくて良かった…

そんな気持ちでいっぱいでした。

私一人の力だけでは、決してたどり着けなかった場所です。

家族や、友人のメンタル面でのサポート、そして、こんな私を受け入れて下さった、面接官・スーパーバイザーがいてくださったお蔭です。

今、改めて当時を思い返しながら、

これまでの『ご縁』に

感謝せずにはいられない思いで胸がいっぱいです。

長文を読んで下さり、ありがとうございました。

引き続き、シンガポールへの旅立ちについて書いています。

良かったら読んでみてください

海の向こうで暮らしてみたい④~シンガポール航空~
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ミネソタからロサンゼルス経由で関空までの空の旅。 いくつになっても、空...

コメント

  1. Billybob より:

    The hontesy of your posting shines through

  2. kurayan1106 より:

    Billybob san. Thank you very much for your warmful message. I am always appreciate all of my around!