海の向こうで暮らしてみたい②~CAまでの道のり~

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前回の続きになります。

海の向こうで暮らしてみたい①
海の向こうで暮らしてみたい①
私が海外への憧れを抱き始めたのは、小学3年生の頃から。 きっかけは、父が毎...

幼少の頃から、

海外への憧れを抱きはじめると同時に

ずっとなりたいものがありました。

それは、

キャビンアテンダント(CA)

私の実家は愛知県ですが

父方の実家が九州なので、

帰省する時は飛行機を利用していました。

飛行機に乗れることが

楽しみで、楽しみで

仕方ありませんでした。

様々な思いを抱いた人々が

入り混じる空港の様子

高い所から眺める機内からの景色

飛行機特有のにおい

離陸時の重力が体にかかる感覚

そんな空港や飛行機という、

異空間に魅了されっぱなしでした。

飛行機であれば

どこへでも連れて行ってくれる。

それに、人が大好きで、誰かにサービスするという事も好き

だから、

私はきっとCAに向いている。

絶対にCAになりたい!

今思うと、ものすごい思い込みと感じますが

自分の知っている職業で、

これ以上やってみたいと思えることが他に見つかりませんでした。

「好きだから」

その理由だけで、ここまでやってきたのです。

小学4年生の文集では、

「スチュワーデスになりたいです」

と書き、

中学2年生の立志式(父兄の前で自分の夢を発表する式)では、

「大空をはばたく、スチュワーデスになりたい!」

と、大きな声で発表をしていました。

(この時代は、まだCAをスチュワーデスと呼んでいました。)

そして、

大空に光り輝く飛行機を見つめては、

「いつか、きっと、私はあの飛行機の中で、オレンジジュースをサービスしているんだ…」

そんな妄想を、ずっ~としていました。

具体的過ぎて、怖い妄想…

思い込むとはすごいものです。

よくもまあ、恥ずかしげもなく

周りに言いふらしていたものだと思います。

けれど、言いふらす事で

あえて自覚させていたのかもしれません。

大学を選ぶ時、両親は県外に出ることを反対しました。

けれど、センター入試を受けて、2つの学校のうち、どちらかを選ぶ時、

「CAになるにはどちらの学校がいいのか」

担任の先生に相談をした上で、初めて親の反対を押し切って県外の学校に決めました。

そして、初めての一人暮らしが始まりました。

その時、母と約束をしていたことが一つだけありました。

それは、

「教職の免許をとる」

ということ。

母は、私が突っ走る性格をよく分かっています。

だから、CAになれなかった時、

「バックアップの道として、教職の資格を取っておくことだけはしてほしい」

そういう事だったのだと思います。

県外に出るという事は、

授業料以外に、生活費がかかります。

父は一般のサラリーマン

2歳年下の妹も、

夢に向かって大学に行く予定でした。

母は、パートをしながら

私の授業料と生活費をやりくりして、捻出してくれていました。

我が家は決して裕福ではないけれど

今までやりたいと思った事は

全部させてくれました。

だから、大学では、必須科目以外にも興味のある授業を朝から夕方まで取りました。

出来るだけ、前の方で授業を受けました。

そして、母と約束していた教職の授業も。

それがせめてもの、今、自分ができる親孝行だと思っていました。

そして、夢は違うけれど、同じ志を持つ友人たちがいつも側にいてくれた。

その友人たちのお蔭で、実りのある、大学時代を過ごすことができたのだと思います。

充実した大学時代も、そろそろ本格的に就職活動へと動かなくてはいけない時期になりました…

つづく

海の向こうで暮らしてみたい③~CAまでの道のり~
海の向こうで暮らしてみたい③~CAまでの道のり~
前回の続きになります。 大学4年生になり、CAという夢を叶える為に...

今日も読んで下さり、ありがとうございました。

コメント

  1. Fannie より:

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  2. kurayan1106 より:

    Fannie-san.thank you very much for your comment. I think ‘All I have to do is be myselfe’ anywhere ,whenever…^^