魂が喜ぶって…

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息子が、亡くなった私の祖父母の写真を見て、

「天国で幸せに暮らしているかなぁ」と、拝みながら言っていました。

それがきっかけで、人が死んだ後はどうなるの?って言う話になったんですが、

私が息子に伝えたのは、

「死んで体は無くなっても、魂と言って、心や気持ちは無くならないんだよ」

そんな事を伝えたんですね。

死んだ事ないから、実際どうだか分からないけど、私はそうあったらいいなぁと思って。

虫は死んだら土に還って、それが栄養になってお花や野菜を作ってくれたりするんだよ…それを人間が食べるでしょ?

だから、全ての命はグルグル回って、また別の命に変わっていくんだよ、って。

で、なぜかそんな話をしていたら、

「だからね、今、生きているうちに魂が喜ぶ事をしてあげるといいね!」

って言葉が不意に出てきました。

あぁ、そうか!!

今、生きている時は、自分の魂は自分でどうにでもする事が出来るのだから、

自分を大切にするって、

「魂が喜ぶ事をしてあげる事なんだなぁ…」

って、妙に納得したというか、腑に落ちたんです。

前回の記事でも、美に目覚めたと書いたのですが、

それはどうしてかと言うと、

純粋に、自分の魂が喜んでいるからなんだ!と。

歳を重ねてシミやしわ、体のたるみなど、器(体)の劣化は否めません。

もっと前からケアしてあげておけばよかったという後悔もあります。

外見の美しさは、若作りする事が目的になると、歳を重ねる事に劣等感を感じるようになってしまいます。

そうじゃなくて、「今」の状態から、自分の持っている「今」の器(体)を大切にケアをしてあげると言う行為が、魂を喜ばせている事になるのだと気づきました。

憧れや、目標とする人になる必要もなくて、自分ベース、自分ペースで魂が心地良いと感じる事をつみ重ねていけばいいですよね。

それに、「魂が喜ぶ」って、すご〜く身近にあり過ぎて気がつかない事も多いんですね。

例えば、お風呂に入ってハァ〜ってする事

息子の寝顔を眺めたり、ほっぺの匂いを嗅ぐこと

家族と一緒に朝食を食べてること

友達とベラベラおしゃべりすること

カフェラテを飲むこと

季節の花を眺めること

お布団のお日様の香りを嗅ぐこと

雨が降る音を聞く事

眠くなって、そのまま寝られること

ほっこりしすぎて、当たり前すぎて、意識なんてしていない。

わぁ〜気持ちいい〜

おいしぃ〜

楽しい〜

かわいい〜

なんか、好き〜

ただ、それだけ。

言葉で説明する必要も、分析もいらない。

ただ、そう感じるだけでいい。

実は、そんな所で魂って喜んでいて、

魂も温泉に浸かってる感じ。

お母さんのお腹にいる時の、守られている安心感に近いのかなって思います。

私ね、ワクワク、ドキドキする事が魂が喜ぶ事だとずっと思っていたけど、ナンテコトナイ日々や、そんな安心感すら、自分を満たして、魂を喜ばせてる事なんだぁと気づきました。

それに気がつくと、当たり前の中に、喜びがあって、「ありがとう」が、たくさん詰まってるんだなぁ〜と思ってね、

「何だか私、めちゃめちゃハッピーじゃん!!」

って、気になりました。

いつの間にか、魂を喜ばせてあげてたんだな…って^ ^

足りないモノに目を向ける前に、あるモノに目を向けるってこういう事なんですね。

息子の、なんで?どうして?攻撃のお陰で、そんな事に気付けました。

今日も読んでくださり、ありがとうございました。